ついに太陽をとらえた 

                                                             市川紀行

ついに太陽をとらえた

何んと眩しい科学の地平だったろう

アインシュタインの美しい数式を覚えたて

呪文のように唱えていた

あの少年の日

紙面には黒々と活字が躍っていた

ついに太陽をとらえたと

茨城の東海の磯辺に「太陽」の火は燃えた

ヒロシマ・ナガサキの悪魔の火ではない

それは平和の輝きだった

理解をこえた

科学への少年の希望の光であった

 

そしてはるかに歳月は流れ

恐るべき2011・3.11

大ナイの津波の中に希望の光は消えていった

金まみれの亡者どもがそれを地獄の火に変えた

 

ドナ ドナ ドオナ ドオナ

ドナ ドナ ドオナ ドナ

昼下がりの牧舎

牛たちが積まれて市場に向かう

ドナドナドオナ ドオ

繰り返される日々のくらしの風景

生きること生かされることへの感謝を

ある人は神に

ある人は自然の恵みにささげてきた

ごらん子供たち 父さんの涙を

あの牛たちがみんなを助けてくれる

 

だがいまは見よ

引きずられ追い込まれ

トラックにひしめく牛たちの群れを

愛惜の涙もなく

感謝の祈りもない

呆然と怒りに心をなくす

年老いた牛飼いびと

ここはどこだ これはなんだ

 

牛たちは何をしたというのだろう

ただいつものように藁を食べただけ

牛飼いは何をしたというのだろう

ただいつものように乾いた藁を与えただけ

つつましやかに手を結び

こらえる男の白髪をみちのくの風が吹く

 

風よ 白髪の髪を吹く風よ

すべての亡者どもに嵐となれ

幾重にも幾重にも採られるべき

セーフガードの方式と方策

そこに想定外などあってはならぬ

 

金を惜しみ金を溜め込み

自己保身に金をばら撒き

ついぞ人々のためには使わぬ亡者ども

ついぞ人々の命のために使わなかった亡者ども

そこで科学は死んだ その本然の使命が消えた

 

拝金の世に亡者どもの穢れが漂う

神話を撒き散らしすべてを隠し

すべてを津波に押し付け

咎もなき野の民に里の民に海の民に目をそむけ

なお安眠をむさぼる地獄行きの亡者ども

 

どこへ行ったのかいつわりの学者らよ

どこへ消えたのか追従と自己顕示の教授らよ

テレビでメディアでとうとうと説教していた

愚劣な神話 いまは邪教の経典

お前たちも金の亡者だ

亡者の顔に化粧して長らえているのか

まやかしの専門家 科学を汚す拝金の徒

 

おまえたちには眩しかろう

科学の良心と正義にかけて

科学者の誇りと使命にかけて

職を賭し 緘口令職を辞し

悪魔の灰中を駆け巡る科学者たちの姿は

メルトダウンを隠そうとも

スピーディを隠そうとも

勇気を与え続ける真正の科学者たちよ

 

あなたたちの目は見つめている

いま寒さに向かって震える無垢の人々を

悲しみに瞳をあげるおさなごたちを

汚染の土と作物をいとおしむ農のやるせなさを

 

許してはならぬ

亡者ども

金に群がった政治の亡者ども

 

許してはならぬ

物理学の研究者たちを責め

さも正当論者ぶる俗物を

オッペンハイマーの誠実と勇気を信じよう

 

許してはならぬ

街中の知ったかぶりの似非インテリ

「豊かなる日本、豊かな電気エネルギーの賜物」

「はかり知れない原発の恩恵」

「放射能は健康にいい」

ガンマ線もアルファ線も区別を知らぬ

フクシマから遠い都で嘯くやから

「原発はこわくない」

 

ああ 人間の心にある悲しい関係よ

きみらもまた

亡者どもをたしかに免罪する

 

きみらはそれを言えるか

罪もなく追われた人々の前で

きみらはそれを言え

収穫の作物にカウンターを当てる農婦に

きみらは顔を赤らめることもなく

それをいえるか

「あなたたちも原発の恵みを受けてきたんだ」と

「それで食ってきた市町村」と

 

厚顔無恥の亡者ども

遠く離れた安全の地で

否定しえない現実をあげつらう

それがどうしたというのだ

それがなんだというのだ

値段もつかぬ「フクシマ」の地に住め

東京湾の真ん中に悪魔の巣をつくれ

 

恐れよう

哀れみのそぶりの陰で

大手を振り出す亡者の擁護人ども

くりかえしくりかえし

声をひそめ 恫喝し 忘却をそそのかし

いつかそれらが多数をしめる日本の民主主義

デジャヴュウのこの国の歴史

繰り返しくりかえす

 

人っ子ひとりいない

遠吠えの犬の影もない

電信柱が突っ立っている

風の音もなく鳥も鳴かない

そこにあったのは

あの懐かしい町並みではない

死の町だ ゴーストタウンだ

 

ひとりの男が「死の町」といった

無能なおもねりメディアが空騒ぎを始めた

被災の人々を侮辱したと

その男は大臣を辞めた

「死の町」はいつもメタフォーなのに

いけにえに世論は沸き亡者どもは一息ついた

 

津波で逃げない男がいた

逃げる場所も時間もあったのに

その男は大津波に姿を消した

一人の男が「逃げなかった馬鹿もん」といった

同級生を悼んで「馬鹿もん」といった

低級なおもねりのメディアが騒ぎ始めた

 

「犠牲者をバカといった」

「津波の犠牲者を大臣はばか者扱いした」

あげつらう低能記者のみにくさは

覆うべくもない言葉への無知と感性の欠如だ

 

自爆事故で死んだ友人にだれでも言うだろう

涙のなかに「このばかやろう」と

愛する恋人の失敗にときには言うだろう

額をつつき「このおバカさん」と

 

あげつらう愚かさの意図するもの

今は誰もが知っている

本当の加害者から世論の目をそらすこと

魔女狩りのいけにえのように

悪者をつくりだす

権力とメディアに結びつく亡者どもの薄笑い

 

言葉狩りもデジャビュウだ

金と権力とメディアの結合もデジャビュウだ

既にみたものすでに経験したもの

国も人々も暗黒に沈んだ日本の歴史

だが今度は落ちない

落ちてはならない

 

繰り返さないくりかえしてはならない

核支配の不可能も知ってはいたが

制御の理論も信じ込まされていた

あらゆる事変への対応もなされていると

信じていたあわれなわたしよ

その不実な自分も許せぬひとりだ

地殻のうねりはM20だろうと止められぬ

 

おお 友よ 永年の親しき友よ

かの東海のむら長よ

金の亡者ども

へつらいの亡者ども言葉狩りの亡者どもから

はるかに遠く

品格と存在の次元を異にして

兄の言葉は真実を語る

この東海村の原発は廃炉にすべきと

金では魂は売らないと

 

JOCの未曾有の臨界事故で

多くの命の危機を救った友よ

国は動かず県も動けず

一秒を争い放射能は拡散する

そのさ中第一に思う市民のいのち

洞察とイメージと全感性の命じるまま

村単独の市民非難は実現した

「責任は俺がとる どんな結果でも俺がとる」

有りえざる臨界がおきていたのだ

 

亡者どもよ 見よ

似非科学者よ 思え

金につるんで口ごもる言論の徒よ 思いしれ

ここに一人の冷徹な情熱の男がいる

真正な社会科学の実践者がいる

 

UU東海の原子力の恩恵は認めよう

  だがわたしは3・11を見てしまった

  百万人の命のために 百万人の未来のために

  金で魂を売るわけには行かぬ

 

友よ 兄よ 村上達也よ

きみが倒れたらひとつの直接性が倒れる

きみが倒れたら人間の直接性が倒れる

亡者どもの切っ先はきみを貫くだろう

しがみつく過去の亡者どもが足を引きずるだろう

不毛な没理論が仕返しを企むだろう

 

だが友よ 君は行く 子供たちの未来へ

それは日本のかけがえのない未来だ

きみが倒れたら未来の直接性が倒れるのだ

 

去年の春

大欅のさみどりの葉群に春風遊び

こぞの秋

その大枝は強い野分に揺れて楽しみ

冬 千万の落ち葉を撒いた

 

今 晴れ渡る秋空の下

くるくると落ち葉のそよぎは変わらねど

三百年の大けやきよ

魔女の箒のすすのために

堆肥に積むもならず燃やすもならず

除染する一輪車を押す手も足も重い

 

落ち葉の集まりは測る線量も高いのだ

悪魔の粒子は筑波をまわり

魔女の箒は霞ヶ浦を撫でて南下した

孫娘が幼稚園から帰らぬうちに

今日の落ち葉を捨てに行く

 

一輪車を押しながら

世界に誇る指揮者のつぶやきを思い出す

「知らなかったということは罪なんですね」

そう 彼は原発の危うさを言っているのだ

静かに 身にしみるように

 

わたしには歌えない その現実を

(ああ 遠くから歌ってはならぬ)

私には見ることが出来ない その冷酷なくらしを

だからもっと伝えてほしい

津波と悪魔に追われた詩人たち 歌びとたちよ

相馬から いわきから

学窓の友のいた宮古から

賢治のイギリス海岸から

林檎と桃と牛馬の里山から

怒りを耐えて助け合うみちのくから

 

耳を澄ませば

友のうたう歌が聞こえる

 

 たどり行く 幼き日々の

 みどりなす ふるさと

 暮れなずむ 空のあかねに

 振りむけば たぎり落つ涙

 たたかいに 破れしこの身

 いましばし 眠らん

 

 いつかまた この身を抱け

 いのちなる ふるさと

 明け染める 峠をこえて

 振りあおぐ きみのまなざし

 ふたたびの のぞみに満ちて

 明日の日を 掴まん

 

「ついに太陽をとらえた」

ああ 思えば少年の日の神秘よ真実の科学の扉は人間に翼をあたえる

真実であれ

透明に透き通っていよ

不可能の錬金術師の手に落ちるな

そのときお前を待つのは裏切りだ

 

みちのくの秋は早い

あざやかな紅葉模様のはるか

峰々は白く冬のおとずれ

 

わが庭のけやきの葉も落ち尽くし

まもなく銀杏が黄金色に染まる

夕日をあびて「小鳥のように」舞うだろう

少女らは拾い集めて黒髪に差した

嬉しそうに はなやいで

 

もうそんな姿はここにはないのだ

金色の銀杏は山奥に捨てられ朽ち果てる

なにもなかったように

こんなにも遠い湖畔の村で

            (二〇一一年十一月)