『真赤な紫陽花に心奪われて恋の降る里』 深紅の、いや芳醇な赤ワインの深みを持ったビロードのような赤い紫陽花のある事を初めて知った。霧雨の中に咲くそれを見た時の衝撃は、この紫陽花は恋の降る里にしか咲かない紅の色だと思ってしまった。 それは、覚悟をつくって一直線に傾斜してくる女性と出会った時に感じた衝撃と同じものであった。それで直ぐにこの深紅の紫陽花は恋の降る里に咲く花に違いないと思ったのである。そのとき若し側に女性がいたら、衝撃で見境なくなり、激しい恋に落ちたかもしれない。 さて、前号から詩を少し紹介していこうと思っているが、今回は、ことば座の朗読舞の脚本に書いたものから寒蝉(かんせん)を紹介したいと思う。寒蝉とは、季節外れの秋も深まってきた時期に啼く蝉の事であるが、一生懸命に雌を求めて啼いてもすでに雌は居ないという寂しい雄蝉の事である。この詩は単に恋人の振りむいてくれない悲しさを歌ったものだけではなく、逼塞するふるさとに対する警鐘になればと言う思いも込めて詠んだものである。 この詩は、今年の二月公演の「里子・大地の舞」に挿入した舞歌でもある。 寒蝉(かんせん) この里山にはもうあなたはいないのですか 私の言葉があなたの心に届いて あなたが私の言葉に応えて あなたの言葉を木霊に返してくださるまで 私はあと幾度声に啼けばいいのですか もし、私の声に啼く数の知れたら 私はこんなに苦しむことはありません 私はもうじゅうぶん過ぎるほどあなたに私の声を啼いています でも未だじゅうぶんではないのですね 私の啼く言葉の力が未だ足りないのですね それとも、 この里山にはもうあなたはいないのですか もうすぐ、もうまもなく私の声は涙とともに枯れてしまうでしょう あなたの谷水を汲むこともなく 寒蝉はあなたの恋をもとめて 啼くことだけが定めなのですね この里山にはもうあなたはいないのですか 私はこのまま恋を求めて 言葉に啼いて終わるのですね 今夜、秋風が吹いたら あなたの谷水を汲むこともなく死暮れて そして枯葉に腐して土に溶けて わたしは無くなってしなうのですね 寒蝉はあなたがもういないと自覚しても 死ぬまで啼きつづけて終えるのです
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