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風に吹かれて(09-11)      白井啓治  (2009.11)

    

 『冬の声は聞こえたか いやまだ秋の声  

 大阪の家を空襲で焼かれ、母の生家であった北海道に疎開してから高校を卒業するまで、雪のない地に暮らしたことがなかった。父の生家のある東京というのは春の雪解けの泥んこから逃げ出すための別荘地であった。だから大地から雪解けの水が引き、春の芽吹きの声が聞こえてきたら、空気の汚く喧騒な東京には用がなかった。夏休み、冬休みという長期の休みに東京に行こうなんて考えたことはなかった。

 物心がつき、人間形成の大事な時期に雪国の山の中に過ごした事は、私に風の声に対話する喜びだとか、愉快さを教えてくれるに大いに役立ったと言える。

 雑木林という言葉の中に、生きることの希望の風の流れている事を覚らせてくれたのも、雪国の山に風との対話のある事を教えてもらったからであろうと思う。

 風の声には、硬い冷たさと、柔らかな冷たさがある。明け方に窓打つ風の声を聞き冷たさを感じた時、「おや、もう冬になるのかい」と尋ねる様に布団から首を出す。すると肩口を冷たいけれどまだ柔らかさのある風が流れていく。それはまさに風が「まだ秋さ」と囁いてくれた声であった。

 寝覚めの時に、こんな風との対話が交わせた時、その日一日の希望を意識することが出来る。この風の囁く言葉には短絡も誤解もない純粋に希望だけがある。

 こんな風に言うと、我が家はさぞかし隙間風だらけに思われるだろうが果たして、確かに隙間風の多い家ではある。しかし、風は吹きつける風ばかりではない。線香の煙が立ち上る時、空気をわずかに切り裂く波動のような風だってある。いずれにせよ風の声を聞くのは希望の声を聞くことだと思っている。

 

 昨日の事であった。

石彫家の鶴見修作氏の「羅漢と吾流石展」が中志筑の長興寺に開かれていたので出かけて来た。そこに不思議な景(かげ)を見てしまった。

 だいぶ前の事であるが草原に咲く花を見て、

『この花何だかみだらに女の隠しどころ』

という一行文を呟いた事があったのだったが、その感覚に似た石ころ達の景に出会ったのであった。景などと言ってみてもよく意味のわからない言葉であるが、私にはそれを景と表現するしかない。

盛り土の一角に土留めのように整然と石彫が密集して並べられてあった。大きなものではない。身長30センチに届かない程度の石顔達が殆どであった。ところが石達の顔が妙に艶めいて、みだらが感じられたのだった。

 風雨にさらされて自然に創り上げられた景が、どんな塩梅に私に声をかけて来たのかは分からないが、微かなみだらをもって手招く風の景を囁いてくれたのだった。

 そのことをどう鶴見氏に話そうか迷ったのであったが、

「不思議な感じで良い具合に枯れてきた一群にちょっと圧倒されました」

と伝え、その後をつなぐ彼の言葉を待った。

 「あれは途中で彫るのを止めた石達なんです」

 言葉を探しながら、彼はこたえた。

 「そうですか。不思議な枯れ方をみせる景でした」

 本音を隠した私を察知してかどうかは分からないが、はにかむような笑みを浮かべ、何時もの仕草である頭をかきむしるようにして、

 「失敗したものの墓…のようなもの。土留めに置いたんです」

 しかし、彼は変なものを見るなよ、とは言わなかった。表現者としての覚悟の一端がそこには確りとあった。もしかしたらあの石顔達は、一瞬の注意の空白という悪戯をうけただけで、鑿を打たれる前に芸術家の視線に裸にされたとき、自立して己の美を磨く意志が注入されていたのではないだろうか。それで隙だらけの私が通りかかったものだから、風がちょっとみだらの景を囁いたのではないだろうか。